大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)1078号 判決 1988年7月20日

原告

金沢和子

ほか二名

被告

北日本物流有限会社

ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告金沢和子に対して金一〇二六万〇三六七円、原告金沢好夫に対して金五一三万〇一八四円、原告金沢喜美子に対して金五一三万〇一八四円及び右各金員に対する昭和五九年一二月一九日から支払済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告三名)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

金沢和美(以下和美という)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一) 発生時 昭和五九年一二月一九日午前一時五分ころ

(二) 発生地 埼玉県蓮田市西新宿六丁目五五番地先路上

(三) 加害車 (イ) 普通貨物自動車(大宮一一か五六七五)

運転者 被告君島一男(以下被告君島という)

加害車 (ロ) 普通乗用自動車(土浦五六て九三)

運転者 被告中澤浩樹(以下被告中澤という)

(四) 被害者 和美

(五) 態様

(1) 中央分離帯上に佇立していた和美に加害車(イ)が衝突し、同人を対向車線にはね飛ばし、更に対向車線を走行してきた加害車(ロ)が同人に衝突したもの。

(2) 被告君島は、衝突直前に急ブレーキ左ハンドルを切つたため、加害車(イ)の車体が遠心力で右側に傾き、中央分離帯上におおいかぶさるようにして、同車の右前部フエンダー付近を衝突させた。

(六) 被害者和美は前記日時、左側頭骨骨折及び頭蓋底骨折、全身打撲により即死した。

2  責任原因

被告らはそれぞれ次の理由により本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一) 被告北日本物流有限会社(以下被告会社という)は、被告君島を雇傭し、被告会社の所有する加害車(イ)を運転させて、自己の運行の用に供していたものであるから自賠法第三条による責任。

(二) 被告君島は本件事故発生につき次のような過失があつたから民法第七〇九条による責任。

被告君島は、和美が中央分離帯に佇立していたところ、本件事故現場が信号機のない交差点であるから徐行及び前方注視の注意義務があるのに、制限速度時速五〇キロメートルのところを時速八〇キロメートルの速度を出していて和美の発見が遅れ、又中央分離帯に近接して走行していた過失がある。

(三) 被告中澤は加害車(ロ)を所有し、自己の運行の用に供していたものであるから自賠法第三条による責任。

3  損害

(一) 和美(当時二七歳)の死亡による逸失利益金四四五〇万三六三五円

計算式 三四二万七一〇〇円(年間収入、昭和五九年賃金センサス)×〇・六(生計費控除)×二一・六四三(新ホフマン係数)

和美はパチンコ店に勤務しており給与は本件事故当時月額二一万五〇三八円であつたが、昭和六〇年一月から昇給予定であつたため、賃金センサスによつた。

(二) 慰謝料 金一五〇〇万円

原告金沢好夫は定年が近く、和美は一家の生計の支柱であつたため右の金額が相当である。

(三) 葬儀料 金一〇〇万円

(四) 医療費 金一万七一〇〇円

右合計金六〇五二万〇七三五円のうち、金四〇〇〇万円は保険によつて補てんされたので、損害残金は二〇五二万〇七三五円である。

4  原告金沢和子は和美の妻であり、原告金沢好夫、同喜美子は和美の両親であり、和美には子がなかつたので原告らが相続人であり、相続人間では昭和六〇年一月二〇日、妻和子が二分の一、両親が各四分の一の遺産分割をする旨の協議が成立した。

5  よつて、原告金沢和子は金一〇二六万〇三六七円の、原告金沢好夫は金五一三万〇一八四円の、原告金沢喜美子は金五一三万〇一八四円の、それぞれ支払いを、被告会社及び被告中澤に対しては自賠法第三条に基づき、被告君島に対しては民法第七〇九条に基づき請求するものである。

二  請求原因に対する認否

(被告会社及び被告君島)

1 請求原因1(一)ないし(四)及び(六)の事実は認める。

同1(五)(1)の事実のうち和美が中央分離帯上に佇立していたことは否認し、その余は認める。同1(五)(2)の事実のうち加害車(イ)の右前部フエンダー付近を衝突させたとの点は認め、その余は否認する。

2 同2(一)の事実は認め、責任を負うことは争う。同2(二)の事実のうち、本件事故現場が交差点であること、加害車(イ)の速度が時速八〇キロメートルであつたことは否認しその余は認める。なお中央分離帯に近接して走行することには何らの過失もない。

3 請求原因3の事実中、逸失利益算定の基礎として賃金センサスによる平均賃金を使用することは争い和美がパチンコ店に勤務していたこと、原告らに対し保険により四〇〇〇万円が支払われたことは認め、その余の事実については知らない。

4 請求原因4の事実は知らない。

(被告中澤)

1 請求原因1の事実中、加害車(ロ)が和美に衝突したことと和美の死亡との因果関係の点を除き、その余の事実は認める。

2 請求原因2(三)の事実は認め責任は争う。

被告中澤の行為と和美の死亡との間には因果関係がない。すなわち、和美の致命傷は頭部の損傷であり、右損傷は加害車(イ)によつて惹起されたものであり、加害車(ロ)は死亡後の和美を轢過したものにすぎない。

3 請求原因3の事実中、原告らに対し保険により四〇〇〇万円が支払われたことは認めその余は知らない。

4 請求原因4の事実は知らない。

三  抗弁

1  (被告会社)

(一) 本件事故は和美の過失によるもので、被告君島には過失はない。

すなわち和美は本件事故当時、飲酒し、歩行困難な程深酔しており(腹腔内血液一ミリリツトル中エタノール濃度三・二四ミリグラム)、幹線道路(歩車道の区別がある片側二車線を有する道路)を夜間に暗い場所で横断しようとしたものである。歩行者としては右道路を横断するには横断歩道を横断すべきであり、又、やむをえず右場所を横断するときは、車両に注意し、衝突を避けるべき注意義務があるのにこれを怠り、酔余漫然と横断し、中央分離帯を越えたところ加害車(イ)と衝突した。

被告君島は本件事故現場が夜間で、暗い場所であつたため、和美の横断に気づくのが遅れたものである。

(二) 加害車(イ)には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつた。

よつて被告会社は自賠法第三条但書により免責される。

2  (被告会社及び同君島)

仮に前項の主張に理由がないとしても、和美の過失は大きく、四〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

原告らに対しては、すでに保険によつて四〇〇〇万円が支払われているので被告らに支払義務はない。

3  (被告中澤)

(一) 本件道路のように中央分離帯が設置され、片側二車線で、車両の交通が頻繁である主要地方道のしかも中央寄車線上に人が横たわつていることまでを予見して運転することを期待するのは自動車の運転者に不可能を強いるものであり、被告中澤が和美を発見するのが遅れたとしても注意義務違反の事実はない。

(二) 加害車(ロ)と和美との衝突は、和美と被告君島の不注意が競合した結果発生したものである。

(三) 加害車(ロ)には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつた。

よつて被告中澤は自賠法第三条但書により免責される。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2の事実中、和美が本件事故当時酒気を帯びていたことは認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

2  抗弁3の事実中(三)は知らない。その余は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(一)ないし(四)及び(六)の各事実は当事者間に争いがない。

そこで事故態様について検討する。

いずれも成立に争いのない甲第六号証の一ないし四、乙第一、第一二、第一七、第三〇、第三三、第三八、第四四、第五〇、第五九号証を総合すれば次の事実が認められる。

本件事故現場は、大宮市方面から久喜市方面に走る車道幅約一七メートル、片側二車線アスフアルト舗装の平坦な見通しのよい直線道路(以下「本件道路」という)である。中央分離帯は高さ二五センチメートル、幅四〇センチメートルのコンクリート製である。道路の両側には幅約二メートルの歩道がある。夜間の照明設備はあるものの、付近は暗く、最高速度は時速五〇キロメートルに制限されていた。

本件現場付近の状況及び事故態様はおよそ別紙図面のとおりである。

被告君島は、加害車(イ)を運転し、本件道路の上り車線中央寄り車線を久喜市方面から大宮市方面に向い時速七〇キロメートルで進行中、折から中央分離帯を越えて、加害車(イ)から見て右方から左方へ横断中の和美を、前方一二・三メートルの距離に至つて認め、急ブレーキ、左ハンドルを切るも及ばず、<×>1において自車右前部を衝突させ、対向車線<×>2まではね飛ばした。

その直後、被告中澤は、加害車(ロ)を運転して、本件道路の下り車線を大宮市方面から久喜市方面に向い時速約八〇キロメートルで進行中、<×>2に横たわつていた和美を前方約七・二メートルに至つて認め、急ブレーキ左ハンドルを切るも及ばず、和美を轢過した。

ところで、原告は、和美が加害車(イ)に衝突された位置は中央分離帯上であると主張するが、前記各証拠によれば、前述のとおり和美は中央分離帯を越えて、加害車(イ)の進路車道上を歩行中であつたと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因

1  (被告会社、被告君島)

被告会社が加害車(イ)の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

前記認定の事故態様、及び成立に争いのない乙第一二、第三三号証によれば、被告君島は、本件道路の制限速度時速五〇キロメートルを遵守し、かつ進路前方の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然遠方を望見しつつ、時速約七〇キロメートルで進行したことにより本件事故を発生させた過失がある。よつて被告君島は民法第七〇九条による責任を免れない。

右のとおりであるから抗弁1は理由がなく、被告会社は自賠法第三条による責任を免れない。

2  (被告中澤)

加害車(ロ)による和美の轢過と和美の死亡との因果関係につき判断する。

成立に争いのない乙第五九号証によれば、和美の屍体には、主として頭部と胸腹部に損傷が認められること、右各部の損傷はそれぞれ方向性が異なることが認められる。右事実に、先に認定した事故態様を合わせ判断すると、頭部損傷は加害車(イ)によつて、胸腹部損傷は加害車(ロ)によつてそれぞれ惹起されたものと推認しうる。

ところで乙第五九号証によれば、和美の致命傷は頭蓋底骨折による橋脳基部の離断に近い損傷と脊髄の圧排であり、胸腹部に見られる肋骨々折、骨盤骨折、内臓損傷は、出血を伴つておらず、生活反応に乏しいので、死後轢過によるものと見られる。

すると加害車(ロ)は、和美が致命傷を負つた後、同人の胸腹部を轢過したにとどまり、加害車(ロ)による轢過と和美の死亡との因果関係は存在しないことに帰する。

よつてその余の点について判断するまでもなく、被告中澤の責任を認めることはできない。

三  損害

1  逸失利益 三三五〇万九二九四円

原告金沢好夫本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、和美は本件事故当時二七歳で、株式会社細井興業経営のパチンコ店の店員として、月収二一万五〇三八円を得ていたものと認められる。

ところで原告らは、和美は昭和六〇年一月から昇給の予定であり、同一職業の平均賃金、年収三四二万七一〇〇円を得られる可能性があつた旨主張するが、和美が右平均賃金ないし前記月収を越える収入を得られる蓋然性があつたことを認めるに足りる証拠はない。

よつて和美の本件事故前の年収二五八万〇四五六円、就労可能年数四〇年、生活費控除四〇パーセントとして、ホフマン式計算法により逸失利益を算出すれば(新ホフマン係数二一・六四三)、金三三五〇万九二九四円となる。

2  慰謝料 一五〇〇万円

本件事故の態様、和美の職業、年齢、家族関係その他諸般の事情を考慮すると、慰謝料は金一五〇〇万円が相当である。

3  葬儀料 一〇〇万円

成立に争いのない甲第三号証及び原告本人金沢好夫の尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第一、第二、第四、第五号各証によれば、原告らの支出した葬儀費用は、一〇〇万円と認める。

4  医療費 一万七一〇〇円

弁論の全趣旨により、原告らの支出した医療費は一万七一〇〇円と認める。

5  以上損害合計金 四九五二万六三九四円

6  過失相殺

和美が本件事故当時酒気を帯びていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五九号証によれば、解剖時腹腔内血液中のエタノール濃度は一ミリリツトル中三・二四ミリグラムであつたことが認められる。そして、前記認定の事故態様を考えると、和美は、深夜幹線道路の暗くかつ横断歩道でない部分を横断しようとしたのであるから、接近してくる車両の有無に注意し、安全を確認した上で横断歩行を開始すべきは当然であり、本件道路は、見通しのよい直線道路であるから、前照灯の光芒により接近車両を発見することは容易であつたと認められ、和美が酔余漫然として車道横断を開始した過失が本件事故の一因となつたというべきである。その過失割合は二五パーセント、とみるのが相当である。してみると、原告らが被告会社及び同君島に請求し得る損害賠償額は、前記5の金額の七五パーセントにあたる三七一四万四七九五円となる。

7  損害の填補

原告らが本件事故による損害の填補として保険により金四〇〇〇万円を受領していることは当事者間に争いがないから、右金額により原告らの損害は全て填補されていることになる。

四  むすび

以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

別紙 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例